創業65年の信頼と実績のある太平産業です。千里丘での新築・リフォームは地域密着の当社へおまかせください。

太平産業の歴史

衣料品生産業からスタートした太平産業

昭和20年12月、戦後混乱期のあと、衣料品等の生産目的をもって本社を兵庫県竜野市に、営業所を大阪府茨木市におき、150名の従業員をもって各配給ルートにより材料を獲得して出発しました。しかし昭和25年、各事業の統制撤廃後は各部門を専門事業に分散し、本社は専ら天産物輸入に従事。輸入ドル実績の確保につとめてきましたが、貿易自由化によるドル割当制廃止に伴い輸入業務を縮小しました。

昭和30年、従来初代社長の個人事業として発展してきた建設及び土木事業を会社に継承。資本金を2,000万に増資し、遂次経営規模の発展を図りつつ、設備の増強・機械力の充実に重点をおき、住宅地及び住宅の需要増大と共に発展してきました。その後、資本金を3,000万円に増資し、吹田・茨木・摂津・高槻・宝塚など北摂の地を足場に各住宅地を開発。なかでも高槻市安岡寺山荘は、緑の山々に囲まれた山間地で当時の代表的ビッグプロジェクトでした。

昭和36年に第一次造成工事を着工、昭和51年にほぼ完成したこの住宅街は、総面積約80万m2、総区画2,500に及ぶ大規模なものとなり、当時の終始一貫した「明るく住みよい街づくり」の方針と優れた立地条件により、心豊かに住まえる高級住宅街として高い評価を得ることとなりました。

さらに、千里丘平和台・長寿ヶ丘・樫切山荘・茨木桜ヶ丘など、約120万m2の宅地・分譲の実績を誇ります。今後も時代のニーズに合った「街づくり」を推進していきたいとおもいます。

沿革

昭和20年 茨木市において創業
昭和36年 安岡寺山荘分譲(高槻市安岡寺町1~5丁目 約800,000m2 )
昭和36年 見晴台分譲(吹田市千里丘中 約15,000m2 )
昭和37年 青香苑分譲(吹田市千里丘中 約10,000m2 )
昭和37~40年 長寿丘分譲(吹田市千里丘中 約55,000m2 )
昭和39年5月 大阪府知事建設業登録
昭和41年 香露園分譲(摂津市香露園 約10,000m2 )
昭和41年 樫切山荘分譲(吹田市樫切山 約33,000m2 )
昭和41年2月 大阪府知事宅地建物取引業許可
昭和42~45年 翠松園分譲(吹田市千里丘中 約15,000m2 )
昭和44年 千里平和台分譲(吹田市山田西 約19,600m2 )
昭和44年 新芦屋分譲(吹田市新芦屋下 約4,300m2 )
昭和45年 桜ヶ丘分譲(茨木市北春日丘 約83,000m2 )
昭和46年 見晴台分譲(吹田市千里丘中 約6,000m2 )
昭和46年 桃山台分譲(吹田市桃山台 約34,000m2
昭和46年 こがね鳥分譲(吹田市千里丘上 約23,000m2 )
昭和46年 尺谷荘分譲(吹田市尺谷 約3,800m2 )
昭和49年 中穂積分譲(茨木市中穂積 約22,000m2 )
昭和49年1月 大阪府知事建設業者許可
昭和51年 箕面駅前分譲(箕面市箕面1丁目 約1,000m2 )
昭和53年 下穂積分譲(茨木市下穂積 約3,000m2 )
昭和54年 日吉台分譲(高槻市日吉台 約2,000m2 )
昭和54年 新芦屋分譲(吹田市新芦屋上 約15,000m2 )
昭和56年 西冠分譲(高槻市西冠 約3,000m2 )
昭和57年 第二新芦屋分譲(吹田市新芦屋上 約4,000m2 )
昭和58年 南平台分譲(高槻市南平台 約1,500m2 )
昭和58年 雲雀丘分譲(宝塚市雲雀丘 約1,500m2 )
平成6年 緑が丘分譲(高槻市緑が丘 約4,000m2 )
平成15年 安岡寺山荘25次分譲(高槻市安岡寺町 約1,500m2 )

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